日テレアナウンサー盗撮事件

事件自体はありがちな話で、重大な事件と言うわけでもない。もちろん、被害者の心情などを考えるとたいした事はないなどと言えるわけもない。
ただこの事件には続きがあった。

日テレは犯人について隠蔽した。曰く「社員のプライバシーの問題」
さらに、別の盗撮事件については実名で報道した。

逮捕されてない、のが真相なのか。事件にもなってない、のが真相なのか。
他の報道では

今年2月20日に横浜駅構内でカメラ付き携帯電話で女性のスカートの中を盗撮し、神奈川県警戸部署で取り調べを受けた。炭谷は迷惑防止条例「卑猥行為の禁止」違反で立件されて書類送検され、起訴猶予になっている。

らしい。逮捕、と直接的な表現はないのだが少なくとも事件として扱われてしかるべきものだろう。
一方で福島の盗撮事件は実名で容疑者情報を報道。これでは「身内をかばった」と言われても仕方がない。
さらに、常日頃知る権利だの表現の自由だの報道者の使命だのと謳っているが、そういう主張にも説得力がなくなる。使命であれば同じような犯罪を同じように報道するべきだ。



この盗撮事件が元日テレアナウンサーのブログで取り上げられ、結果炎上中。
炎上のきっかけになった記事を読む限り「女の子は気をつけよう」程度のものであるが、最後の一文がまずかった。
「彼は社会的制裁を受けた」
他社の人間は実名つきで報道し、自社の人間はかばう(としか思えない)。社会的制裁を受けたから自社では報道しなくてよい、と言う論理なのだろうか。マスコミの使命はどこに?マスコミの倫理はどこに?
続きも今ひとつだった。
「このブログは私が個人的に楽しんで書いているだけのこと。」
だから勘弁して、なのか。甘い。
井戸端会議ならいざ知らず、不特定多数が読める場所で発言するのならそれなりの責任が生じる。誰がどういう立場で書いているか、など知ったことではない。しかもこの人は肩書きつきで書いている。ならば少なくともその肩書きに見合った責任は果たさなければならない。
多分最後であろう記事ははっきり言って自己弁護に終始している。
彼が受けた罰が問題なのではない。日テレの報道に対する姿勢が問題なのだ。